ER BLOG

2016.05.26

出世する人 2

ちょっと好評だったので、調子にのって2を。
 
前項ではどちらかというとスキルや知識といった側面で記載をしました。
ただ、これだけではある一定の組織の長にのぼりつめるのは難しいようです。
もう一つの重要な側面、それを一言でいうとロイヤルティ(loyalty:忠義・忠実・誠実)でしょうか…。
 
会社への忠誠心というと、どうやらマスコミや書物に毒されている僕らは、会社や上司にへりくだりやがって、といった視点で見てしまうことがあります。
何を隠そう若いときは私もそうでした。自分のスキルや経験を如何に高めていくのか、その意識だけが強くあり自己中心的な内向きな思考は、私を周囲から遠ざけたと思いますし、会社やチームに対して何ができるかを考えたことすらなかったと時もあります(今、その大切さを認識し猛省しています。申し訳ありませんでした)。
 
現在、然るべき立場となり組織を俯瞰すると、目標達成はMUSTでその上でチームや組織のために頑張ってくれる若い人たちの姿を見ると、非常に頼もしく思い応援をしたくなります(勘違いしてはならないのは、個人の目標達成をしないで組織やチームに貢献、という矢印はアマチュアの考えで認めていません)。評価は公平・中立にとは思いますが、私だって人間ですから感情が少なからず作用してしまいます。
結果は自責に捉え、組織やチームのために、という貢献意欲。こういった人は上から可愛がられますし、必然的に周囲から応援もあります。
かたや真逆な人は、あいつは上司に気にいられているから、あいつは会社に寄りすぎだから、うちの会社全然ダメだよ、と陰口をたたきます。僕から言わせると、もうこんな奴らは不要で不毛ですね、はっきり言って。
 
すべての会社からヒアリングをしたわけではありませんが、外資系企業もその傾向があるようです。私の肌感覚では、ロイヤリティを注視する姿勢は、日本企業よりもかなりバーは高いと感じています。
外資系企業というと、ドライな人材登用やアセスメントが行われていると思いがちです。勿論その側面はありますが、本当に然るべきポジションを担う方は組織に対するコミットメントやロイヤリティの意識は日本のそれよりもはるかに高く強いのではないでしょうか。
 
ただ、あまりにロイヤリティが強く働いているからといって、会社のために不正を働くことを看過しているわけではありませんし、それは筋違いです。
ロイヤリティという意味には、誠実、という意味があることも忘れないでおきたいですね。

2016.03.05

出世する人

4月の新入社員研修を前に、多くの企業の人事の方とお話をします。
新人研修の話がメインなのですが、その前後の雑談ではこんな話をしています。
 
・どういう基準で昇格させるべきなんでしょうかね?
・本当にこの人を昇格させていいのか、わからないんですよね…
 
この時期は年度末なので、昇進・昇格の時期と重なります。その企業独自の昇進・昇格基準は勿論存在しますが、果たしてそれで本当に良いのか、人事のみなさんは頭を悩ませているようです。
ディスカッションさせて頂いたので、私の考えを少し。
 
一般に、人は経験を積むにつれて、出世の階段を昇ります。しかし、昇進の根拠として、経験以外のものを人事や経験陣に示せる人はまれです。本当に出世をしていく人たちは、経験に加えて、自らを向上させるための自分なりのプログラムを積極的にこなし、ちゃんと示している人たちです。
9~17時までの経験とともに、現在の業務に関わるスキルや知識、技能を向上させるために必要な何かを自ら学ぶ。例え週に2,3時間でも、現在の業務に関わる技術や知識の習得にあてるならば、その努力をしない競争者に差をつけないではいられない。こういう人は会社にとってますます貴重な存在になるでしょう。
まずはここです。ここに注力しないで他の分野に気が移る社員がたまにいますが、そういう甘えは許すべきではありません。
 
しかし、私が本当に注目しているのは、自分の担当範囲に直接関係のある分野だけではなく、関連した他の分野にも興味関心を抱き、学習をしている人です。どんな事業にも当然ながら、財務とマーケの側面があり、営業と生産の思惑が存在し、専門的な分野が更に密接に絡み合っています。一つの分野に精通することによってわかることは、わからないことが多くあることがわかった、ということです。なので、できるだけ多くの分野にできるだけ多くの勉強時間を投入する人は、自分の将来に大きな投資をしていることになると思います。
 
あと一つ。話は多少それますが、自らの人生のかじ取りの判断軸構築のために、私は歴史書を読むことを特に若い人に勧めたいです。
私たちの祖先が、挑戦目標(あるいは制服目標)に対して、どのように取り組んでやり遂げたかを学ぶのです。人生で起こる出来事には繰り返しが多く存在します。私たちが知ろうとする「方法」の多くは、既に他の人々によって試みられ立証されてきています。私たちはこれらの前例から、同じ間違いを避ける方法を学ぶべきでしょう。
 
今から勉強・・・?と思う人もいるかもしれません。私も学生時代はお世辞でも誇れる学生ではありませんでした。
不思議なもので知識欲は、臨界点を超えると、累積するほど、募っていくもの。今から始めても遅いことなんか絶対にありません。
 
いまから10年後、今よりも賢くなっているだろうか。それともただ歳をとるだけだろうか。
後者を選んで居酒屋で愚痴をこぼしていることだけは、避けたいものですね。
 
 
つづき
 
研修終了後に、先方人事の皆様と振り返り&意見交換を行います。その際よく聞かれることが、
若手が成長する要素とは何か、と、古田さんはどのように考えていますか?
という質問。
こういう鋭い質問はよだれが出るくらいうれしいです。
 
現段階で私はこのように答えています。と、いうのも時代によって変わる可能性があるので。
 
一つ目は【情熱】。
根性論といわれればそれまでかもしれませんが、やはり情熱は非常に重要な要素だと捉えています。何をやらせるにしても、どんな環境であっても、その人が持っている情熱がなければ何も始まりません。若手にスキルや経験なんてあるわけがありません。そこに会社や人事が期待を寄せてもそれは若手が可愛そうだと思っています。ただ、若手なら若手なりに、与えられた環境に感謝し、精一杯向き合うスタンスが必要だと思います。そこを踏まえて、
 
もし彼らの情熱が滾るように余っているのであれば、あたたかい目で放置してあげましょう。
もし彼らの情熱が少しずつ衰えているのであれば、しっかりと薪をくべてあげましょう。
もし彼らの情熱が消えかかっているのであれば、丁寧に煽ってあげましょう。
もし彼らの情熱がすでに消失してしまっているのであれば、違う場所に誘導してあげましょう。
 
それぞれの状態で打ち手は異なりますが、私は情熱を一つのキーに見ています。
 
二つ目は【勤勉】であること。ここはちょっと重要なポイント。
市場や環境の変化が思っているよりもすさまじく早く、速く、身につけたスキルや経験があっという間に陳腐化してしまうことは珍しくありません。あらゆるアプリが開発され、長い時間をかけて必死で勉強してきたスキルがそのアプリに代替されたり、AI(Artificial intelligence:人工知能)の開発やビッグデータの利活用によって、今後人類の多くが仕事が機械化されていく可能性が高いと私は捉えています。そのほかにも、社会から求められる多様性の受容、M&Aやアライアンスによるビジネス市場の変形、会社と社員の関係性、労働環境の自由化など、まぁ、不確定で予測しずらいことが多々起こるわけです。
こういう状況の中で、5年後など確定しているわけがない。5年後には●●の資格を取って、○○のような仕事をしていて、と描いていてそのような道を辿っていったとしても、そのスキルや経験が今の現時点と同じような価値を発揮しているとは限らないわけです。(ただ、決してスキルを否定しているわけではありませんよ)。
 
こういう不確実な環境下において、極端な話をしてしまえば、必要とあらば三か月で身につけられます、という学習能力の高さのほうが、今後より成長していける可能性が高く、私の中では評価が高いです。
若いうちから変にキャリアなんて意識せずに、与えられた環境の中で精一杯パフォーマンスを発揮するために必要な要素なのかもしれません。
この2点を どのように育成していくのか、というよりはすでに採用段階の話に帰着してしまいます。
 
 
ちょっと番外。
だからこそ、学生のうちはしっかりと勉強してきてほしいです。私が重んじているのは、自分なりの勉強の仕方を確立しているかどうか、です。その理由の背景は上記によることです。
ただ、残念なことに学生のみなさんは、就職セミナーで焦燥感を煽られ、よくわからない無料勉強会でキラキラワードに釣られ、面接とはこうあるべきだ、仕事とはこうだ、社会人ってこうだ、とインストールされ、大人たちのビジネス上の餌食にされてしまう。重要なのは、自分の頭で考えることなのに、学生たちはわかった風に、表層的なことだけに注目し、安易にそんな大人の言うことを完コピしてしまう。面接官は完コピか深く考えてきたのか、すぐにわかるのに・・・
そして、学生相手にそういったビジネスをしている人たちももっと考えてほしい。一番タチが悪いのは、学生のために、と思いこんでいて実は学生に向き合っていない。盲目的にその人の価値観や考え方を押し付けて過保護な環境を作り、学生を誘導し悦に浸っているだけ。自分たちがやっていることが如何に現実社会を見ていないことか。
まぁ、言っても意味ないか。そもそもそこにすら気付いていないのだから。
11月まで企業の若年層(1~3年目)の振り返り研修のピークが過ぎ、少しひと段落しました。
貴重な機会をいただきましたお客様やパートナーの皆様に心からお礼申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。
その上でいくつか感じることがあったので、備忘録の意味を含めて記載をします。
 
振り返り研修というのは、メッセージがありそうで実は全くないものです。受講者のみなさんにどれだけ『内省できる場』を整えられるか、それが最も重要なポイントだと考え、そのような姿勢で登壇をしています。
 
さて、いろいろとワークが進む中で、受講者からこのような声が聞こえてきました。
 
俺ら、もっと強みを伸ばしていこうよ。
 
私はこの言葉に、強烈な違和感を感じました。確かに強みを伸ばすというのはもっともらしいし、確からしい。ドラッカーでさえ、その著書の中で言及している部分はあります。
ただ、若年期(入社1~3年目)という社会人の基礎を形成していくうえで重要な期間に、強みにフォーカスしてしまうのは彼らの人生において本当に良いことなのでしょうか?
 
まず、強みを伸ばす、ってそう簡単な話ではありません。
学生時代のテストで考えてみると、得意な教科で90点を95~100点にもっていくことは相当難しいと思います。かたや、苦手な教科の40点を60~70点にすることはそれほど難しいことではありません。全体のバランスを考えるのであれば、弱みを克服したほうが絶対的な点数は上がります。スポーツでもそう。苦手な技やスキルがあるのであれば、まずはそれを徹底的に克服します。構造的には同じ話。
 
次に、これは最も重要な観点なのですが、若い人が言う強みって、実は大した強みではない、という事実。
彼らが主張する強みって、上司・先輩からすると全く持って強みではない可能性が高いです。先ほどのテストの例でいえば、90点だと思っていた自分の得意な領域が、他者から見ると40点にさえなりうる。その中途半端な自己認知が悪しきプライドに変化し、上司・先輩からの忠告を聞いているようで聞いていない、非常に厄介な存在になってしまいます。
そうなると可愛がられなくなる。こうなったらおしまい。成長の機会を自ら絶つことになってしまう。
 
ある人にこういうことを言われました。
若くして起業した人たちや有名人は強みを認識しそれを伸ばすことによって成功した。だから強みを伸ばすことは正しい、と。
わかる。私はこのように答え、次にこう質問します。
あなたはその人と仕事をしたことがありますか?仕事をしたことさえなく、その方の凄さを肌で感じたことがないのに、なぜあなたはそう言えるのか?と。
 
若くして成功している方や有名な企業家の方の話をベースにしてしまうと、頓珍漢なことになります。そういった方々はビジネスの世界で天才なのです。
あなたは天才ですか?天才だとしたら今すぐ組織から離れて自分でビジネスを興し、力を試したほうが良いでしょう。
否、今ここにいて、私と相対していること自体、既に凡人なのです。私も含めて。だからこそ努力が必要。弱みを克服する努力が。
 
私は強みを伸ばすことを100%否定してるわけではありません。
強みを意識するのは、30代前後で十分。逆にこの世代になってくれば、どこにストロングポイントをおくかによって、その後の人生を左右するとさえ思っています。
弱みを克服することによって、自身が持っている力やスキルを相対的に認識することができるかもしれないし、逆に強みが浮き彫りになるかもしれません。
 
最も重要なのは、若いうちに弱みに向き合う姿勢を持ち、それを克服すること。
それから逃げてしまったらダメ。
 
つづく

先日『THE LIFE SCHOOL』の講師をしてきました。

『THE LIFE SCHOOL』とは、新しい働き方・新しいスキルを即実践出来るようなテーマに絞り、古い慣習に囚われず、新しい働き方、新しい価値観を参加者や日本に提唱していくキャンプ型のビジネススクールです。
世界では同様なビジネススクールが開催されており、日本では初めての試みになります。
夜はキャンプ場での特性を活かし、BBQや飲み会などで、参加者と講師陣が自由に対話をし、日本に新たな働き方やスキルを広げていくようなイベントです。
記念すべき第1回目の講師として、光栄にも登壇させて頂きました。
積極性溢れる非常に優秀な参加者の皆さんに助けられながら、私の今までの軌跡をお伝えし、互いに意見を交わすことができました。

discussion_1

 

discussion_2 

私がお伝えしたことのサマリーは、

・組織であろうと独立して仕事をしていようと、甲乙つける必要などない。ただ、自分をだまし、環境のせいと銘打って、時間を浪費することに意味はない。
・どのような環境であろうとも、個人のスキルとwill(意思・意志)がなければパフォーマンスなど発揮できない。独立に至っては、willだけでなんとかなる甘い世界ではない。
・自分がどれだけ通用するかどうかなど、誰もわからない。だからこそ自分で環境を変える勇気ある一歩を踏むことが必要。
・環境(社内やマーケット)からの評価は時間が経って初めてわかる。その時間に耐えられる胆力を持とう。
・人間が起きている時間の約50%以上は仕事をしているので、仕事が充実しないと人生が充実しているとは到底思えない。だからこそ、より仕事を有意義な時間に変えなければならない。

このようなことを、私の経験や失敗談を含めお伝えしたと思っています。
あっという間の時間で私自身も沢山の影響を受けました。まだまだ話足りなかったり、参加者の皆さんのお話をすべて聞く時間は無かったのは反省しています。 

このような試みやいろいろな価値観が世の中に広がると、素晴らしいことだと思いますし、私の話で何かを感じていただければこれ以上ない喜びです。

2015.10.02

初勝利!

私がHC(ヘッドコーチ)をさせてもらっている女子ミニバスチームが昨日初勝利をあげました!

HCになって7か月、ずーっと勝てなかった・・・(苦笑)。
4年生が主体のこのチームと、6年生が数人いる相手チームとでは、どうしても体格差があって思うようなバスケットができず苦しんでいました。特に身長差はリバウンドに大きく影響するため仕方の無い部分もあるのですが、それでもみんなできることを一つずつ増やしていきました。
先週は1点差負けのゲーム、一昨日は同点のゲーム、昨日は勝利、と着実に階段を登り、チームも非常によい状態♪
選手たちも、今までやってきたことを試合で試し、うまくいけば結果として現れ、チームとして機能し始めてきたことを肌で感じた様子。そして、私たちが勝てた、という自信が表情に、特に笑顔で周囲をほっこりさせてくれました。

時に厳しいことをかなり言いましたが、それを乗り越えたときの経験を小学生とはいえ積ませることができたのは、HCとしては勿論、教育・育成に携わる人間として非常にうれしくなりました。
僕も彼女たちにお礼を言いたいです。みんなの頑張る姿や夢中になってバスケに取り組んでいる姿は、僕を勇気づけてくれました。一方で、自分の力量の無さも良い意味で教えてくれました。


まだまだ試行錯誤の連続ですが、彼女たちが将来、バスケットをやっていて良かった、と思えるようなコーチングをしていきたいと思っています。

私の活動の一つに、企業研修の企画・運営実施・参加者へのアフターフォローがあります。
研修の講師だけを務めるときもあれば、コンテンツのみを作成し講師はどなたかにお願いをして実施をしたり、またはその二つを同時に実施することもあります。
企業様によっては先方了解のもと、その後も参加者と定期的にコンタクトを取ったり、一席交えることもあります。
 
先日、研修の休憩時間に、企業のご担当者様から、
『古田さんって、経営からの視点が非常に多いですね。』
というコメントを頂きました。少々意外な感もありましたが、もちろんポジティブに捉えています。
 
研修というと、キラキラワードが沢山聞こえてきます。その存在自体は否定はしませんが、それよりも企業の研修は企業視点が何よりも大事、と私は考えています。
なぜなら、企業が社員に投資の意味を込めて、研修という場を作っているのですから。キラキラワードやトレンドが必ずしもその企業にマッチしているとは限らいので、そこは勘違いしないように努めています(個人的にはキラキラワードやトレンドは、企業研修にほぼマッチしないとすら思っています)。
また、フューチャーアーキテクトやリンクアンドモチベーションでの様々な苦い経験と歓喜、更には外部取締役を務めておりますバンテックでの葛藤が、知らず知らずのうちに研修での解説やコメントに反映されてしまっているのだと自己分析しています。
 
研修講師をしている方は、色々な思想や考え方、スタイルをお持ちの方がいらっしゃいます。
結構激しい競争社会の中で私が選ばれるために、経営の視点や視界を常にもって、研修に臨んでいきます。
 
古田聡 
①学校 VS 塾・予備校 から 学校 and 塾・予備校 へ
良い流れだと思います。学校と塾・予備校との摩擦が過去いろいろ聞かれてきましたが、全体的には共存路線に進んでいると感じます。目的は同じであれど思想が異なるため、その手段が学校と塾・予備校で異なっていました。日本の少子化が最も大きな背景要因だと思いますが、今までの対立関係から、健全な競争原理の中で共存関係に移り変わっていくことは、日本を担う若者たちに好影響を与えると期待しています。現に、学校が塾・予備校のナレッジやスキルを有効活用する試みが各自治体で増えてきましたし、私も一部ですがお手伝いをさせていただきました。ソフト版のPFI(Private Finance Initiative)でしょうか、この流れは注目しながら盛り上げていきたいところです。
 
②教育×ITのインパクト
スマホやタブレットがこれだけ普及し、かつ低年齢にもすそ野を広げる中で、教育コンテンツの充実は教育業界全体を巻き込んだ競争をすでに生んでいます。今までFace2Faceが基本だった授業の概念、及び地域格差/親の収入格差が教育格差に繋がっている現実が、あと数年で壊れることになると推測しています。思想云々の問題ではなく、市場の大きなうねりをしっかり感じていかないといけません。すでに若い起業家たちが血眼になってコンテンツ開発をしてくれています。その企業理念や目的はともかく、生み出してくれたサービスが日本の若い人たちに有意義に機能するのであれば、それは素晴らしいことだと思います。
 
③道徳教育の薄さ
成績を上げる手法やナレッジはどんどん進化しています。大変喜ばしく期待したい動きです。それ以外の分野においてただ一つだけ懸念することは【道徳】にかける時間も質も、昔に比べて大分疎かになっていると感じています。これ、社会人になってから非常に重要な要素なんですよね、実は。学力よりも、人としてとても大事なこと。これが養われていない大人が如何に多いことか。日本人としてのアイデンティティも含め、公教育において強化していただきたいと思っています。
 
【番外】観客席が騒いだところで何も始まらない
やっぱり観客席は観客席なんです。どんなに素晴らしく崇高な思想を唱えたとしても、観客席であることは変わりない。ピッチには立てない。ピッチに立つには、正式な教育機関や自治体・行政に組み込まれなければ、教育を変えることなんかできやしません。
 
だからこそ、もっともっと力をつけなければならい、と思った3年間でもありました。
ここから発信しないと始まらない。
 
2011年、足立区を日本一教育水準を高くする、というビジョンを掲げ、独立をしました。学習塾を作り、子供たちの学力向上と共に、生徒が成し遂げたい姿やWillを具現化し、これからの成長の発射角を整えたいと、鼻息荒く突っ走っていました。
生徒集めから何まで、ほとんどすべて自分でやっていました。ありがたいことにポツポツとお問い合わせが増え、数人の生徒が塾の門をくぐってくれました。ただ、数人のお月謝では家族を養えるほどではなく、午前~午後にかけては企業向けのコンサルティングや研修講師などで何とか生活をしていました。
 
そんな生活を続けていたある日、私はふと気づきました。
それは、自分自身のパフォーマンスが落ちている、ということに。
 
コンサルティングや研修は、非常に神経を使う仕事です。それが終わってから塾での指導。社会人だろうと学生だろうと中学生だろうと、自分が大切にしたいと思っていた、一人一人に向き合うことに神経が回らなくなってきたし、見えなくなってきた。そして、夜に塾の指導があるため、コンサルティングや研修も知らず知らずのうちに、多少の余力を残して仕事をしていたのだと思います。
そんな自分の仕事のスタイルに嫌気がさしました。人にはエラそうに、本気で向き合え、とか言っているクセに、お金をいただいている方々に向けて自分自身100%残していない。
 
このような自分の力量なさ、器の小ささから、一旦塾の新規募集は止めております。
塾を止めたことにより、色々な方から厳しいご指摘や酷評をいただきました。皆様からのアドバイスは本当におっしゃる通りで、単衣に私の力の無さゆえのものです。評価するのは他者なので、私からは何もありません。
 
ただ、3年間学習塾を開業・運営できたこと、今の中学生に触れることができたことは、かけがえのない経験でした。